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「ふうん、なるほど。把握した」 一通りを聞き終えた後、ジェリアは一人頷き、再びため息をついた。 「しかしおかしいな。例え道中を見られたとしても、この結界内に入る事は適わぬ筈なのだが……」 小さく呟き、そのまま黙り込む。 「あ、あの……」 ここは一体何なのか、何故彼女達はこんな時間にこのような事をやっているのか。疑問が際限なく湧き出てくる。だが。 「ブルネイ」 ジェリアの一言がそれらを霧散する。 「はっ、はい」 「説明をしてやりたいのだが、それが許される事か否か私には判断がつかない。だからこうして困っている」 ジェリアがすまなそうに笑った。 しかし彼にとってはそれだけで十分だった。弱冠二十歳とは思えない明晰な頭脳と沈着冷静な判断を持ち、切れ者として名高いバグダドー家の長女。その微笑は、全ての不安を打ち消し、執事としての己を取り戻させる。 彼女には、それだけの力があった。 ようやく彼が落ち着きを取り戻そうとしたとき、シリアが声をあげた。 「お姉さま、おかしいよ。カスピ、いつもとなんだか違う」 「おかしいよー、カスピ。……なんだか、怒ってる?」 続いてセイラも声をあげる。その声はどこか震えていた。 「……カスピ?」 彼の呟きに答える者はいない。ただ少女達の声に、かすかな怯えが含まれている事から、事態はあまりいい方向ではないことが分かる。 「やはり、何かがおかしい……。「あれ」に何かあったのか……?」 ジェリアが眉間にしわを寄せる。 その時。 背後で気配がした。何とも嫌な気配。生臭いような、腐ったような、酷く嫌な気配。 ジェリアが叫ぶ。 「いけない……! ブルネイ! この子達を連れて此処を出ろ!」 「ジェリア様!」 「シリア、セイラ! 私はしばらく此処に残る! 何も問題はない。お父様やお母様にはそう伝えるんだ」 「お姉さま!」 二人の声が重なる。 「そして、上兄様に伝えてくれ。「あいつ」の力が必要になるかもしれない、と!」 「お姉さま!」 再び双子の声が重なる。 「ジェリア様!」 「いいから行くんだブルネイ! 頼んだぞ、お前たち!」 そしてジェリアへ振り返ったとき、彼は見てしまった。 ジェリアの白い背中の先にある、恐ろしく巨大な影。 まるで大蛇のようなその身体、人間など一裂きにしてしまいそうな強大な牙と爪、闇の中で七色に輝く鱗。それはまさに彼が伝説で知る、あれそのものと同じであった。 「バ、バグダドーの海竜……!?」 「何をしている、行けぇっ!」 その後の記憶は正確に残っていない。
by unnyo8739
| 2006-11-24 15:28
| 僕俺私小話
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