|
時折思う。 今この頭にある世界をそのままに表現できたなら、どれほど素晴らしい事だろうかと。 その細部に至るまで、余すところなく表に出す。 私の世界そのものを表現する。それを見た誰もはきっと感涙し、むせび泣くに違いない。 そんなことを考えていたことがある。横暴なほどに自分の世界に自信を持っている。 ああ、だがしかし何と言うことか。俺にはそれを表現する能力がない! これは悲劇だ。全人類への大いなる損失だ。 表現する力があれば、力さえあればこんなつまらない世界に留まっている必要はないのに! 横山武は高校受験を3日後に控えていた。 本来であればこの日も机に向かい、英単語の一つでも覚えるべきだろう。 しかし彼はただただ己の作り上げた妄想に浸るのみだった。 開かれたノートには、鉛筆のかすった跡すらない。 ああ、俺はこんなことをしている状況じゃあないというのに。 まったくその通りである。 俺のすべきことは唯一つ、俺の世界を人々に知らしめることだ! おそらくそれは違うと思われたが、彼は本気でそのように考えていた。 くそう、くそうくそう! 誰だ、こんな世界にした奴は。 この世界ではつまらない人生しか歩むことは出来ない! ああ、俺が創造したあの世界ならば、もっと面白おかしい人生が待っているはずだ! 彼の創造した世界。 それは所謂剣と魔法のファンタジー世界であり、その中における彼のポジションは、 地上最高の魔法使いであった。想像上の彼は、その膨大な力を持って 世界の真実に迫ろうとする探求者であるのだ。 そうだ。俺は最強だ。最強の存在なのだ。 拳をぶるぶると震わせ、妄想の世界へ突入しようとする。 あまりに力をこめすぎたせいか、拳だけでなく机までもが大きくゆれ、 参考書が一冊ばさりと床に落ちた。 弾みで開いた参考書には、英文がずらずらと並んでいる。 彼はその半分を読むことすら敵わない。 受験は後三日後に迫っている。妄想の世界から一気に引き下ろされる。 彼はため息をついた。 ああ、俺に表現力さえあれば……。 ならば国語の参考書なり、小説なりを開くべきだろうが、 彼の本棚にあるのは、漫画とゲームのソフトだけだった。 くそっ、なんて時代だ! 机に拳を叩きつける。 またいくつかの参考書が机から零れ落ちた。
by unnyo8739
| 2006-10-03 22:37
| 僕俺私小話
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||