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嫁とのつきあいは、結婚以前の時間を含めれば実に長い。 なので全てではなくとも、大体のことは知っているつもりでいた。 が、今日になって娘が「ママはピアスしたことある?」と問い、「あるよ」と応えた時驚愕した。 そんな事実知らんかったぞ。 まあ紆余曲折あった時期もあるから、知らないこともあって当然なのだが。 「彼女のことは大体知っている」と言う、よく分からない自負心が、音を立てて崩れたような気がして何とも言えぬ気分になった。 でも実際。 知っていることよりも、知らないことの方が多いのが当然である。 確かに現在は結婚し、おはようからお休みまで一緒に居たりするように思えるが、自分が、嫁が仕事に行っている際は、それぞれ別の時間を過ごすわけで。 嫁が受け持っている業務がどういうモノなのか知らないし、あんまり興味自体もなかった。 同様に私の業務なんかも嫁は知らないし、きっと興味は無いだろう。 っていうか。 先日結婚式を挙げた友人のIに至っても、式での何か色々紹介がなければ入籍をした日にちも教えてもらっていなかったし、そもそも聞こうとも思っていなかった。 スピーチをする手前嫁様とはお話をさせて貰ったけれども、それが終わった今はそれ程興味があるわけでもない。 友人の生活自体には若干の興味があるけど。 まあそんな感じで。 よく知っているつもりでも、実はそれは事実ではなく、知らないことの方が多いと言うことこそ事実。 改めて人間は思い込みだけで物を言っている節があるものだなあと気がつく。 しかし本当に今回の思い込みは、何とも言えぬ感覚をもたらせてくれたなあ。 如何に日常の中に、意識の届かない所に思い込みが絡みついていると思い知らされたもの。 自分はダメだ、あるいは最高だ、といった、比較的自覚しやすい思い込みばかりが表に出るものだから、全く意識外のモノを掘り起こされた衝撃は、とても強いものに感じた。 これが所謂「認識している常識」と言う奴なのかな、知らんけど。 私自身も結構色んな思い込みをされ…いや、人物像イメージをされているんだろうなあ。 他人から見る私は、一体どんな風に見えているのだろうか。 ちょっぴり気になるかも知れない。
by unnyo8739
| 2018-04-24 13:00
| 日誌叙情駄文
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