|
彼は何処にでもいるようなサラリーマンである。 田舎を出て就職したばかりで、まだ若い。勿論未婚である。 その日も残業に追われ、何とかきりのいいところを見つけ、逃げるように退社した。 いくら自分が下っ端であるとは言え、あまりの待遇だと思う。 同僚達は、もう既に帰宅してしまったと言うのに何故自分だけが、と嘆く。 寄り道をすることなく、そのまま駅へ歩き、電車に乗り込む。 人もまばらとなった電車に揺られ、駅に着いたとき、既に時刻は0時を回っていた。 家までは大体30分、駅から15分のふれこみだった筈なのに、軽く倍ほどかかる。 よくある事とは言え、どうしても納得がいかない。 さらに、季節はもう秋を迎えるというのに、まだまだ蒸し暑い。 疲れた身体を引きずっていると、どうしても愚痴を吐きたくなる。 「ああ、疲れた、ここ数日毎日こんな調子だし、参ってしまうな。 このまま家に帰っても何もないし、小腹も空いたし、コンビニでも寄って帰ろう。」 そんな独り言を漏らしながら帰り道を歩いていると、見慣れない屋台を見つけた。 のれんがかかっているが、看板は出ていない。丁度店じまいの時間なのだろうか。 客も入っていないようだし、きっとそうだと彼は思った。 が、どうもそれは逆だったようである。 どうやら店はこれから開くようだ。店主が看板を出してきたのだから、きっとそうだろう。 「おや、ここはこんな時間から営業しているのか。 まあいいや、腹も減ったし今日はここで一杯やって帰るか。」 おでんなのかラーメンの屋台なのかわからないが、この際どちらでも良かった。 とりあえず一杯の酒と適当なつまみがあれば、何でも良かったのである。 彼はその屋台ののれんをくぐり、用意してあったいすに腰掛けた。 「いらっしゃい」 愛想がいいとは言えない声だ。 そこには声と同じように別段愛想がいいとは思えない店主がいた。 その後に屋台の中に目を走らせてみる、何の屋台なのかよくわからない。 50代半ばと思われるその店主は、先と同じように愛想のない声で彼に注文を問うてくる。 「何にしましょ」 ざっと見回してみるも、メニューらしきものもない。 果たしてこれが飲食の屋台であるのかも疑問に思えてきたが、 「とりあえずビールを一杯」 と、注文してみた。 「あいよ」と店主は彼に背を向け、ゴソゴソとビールを取り出しコップに注ぐ。 出されたそれに手をつける、よく冷えたビールだ。 喉に流し込んでみる、疲れた身体に染み渡る。 「ぷはー」一日の疲れを吐き出すしたような感覚になった。 やはりビールの一口目は最高であると思う。心も身体も癒されるようだ。 リラックスした彼は、先ほどから感じていた疑問を店主に問うてみた。 「おやじさん、ここはメニューもないし、目の前におでんやラーメンがあるわけでもない。 何の屋台かわからないのだけど」 店主は変わらず無愛想に答える。 「何でもあるよ」 「何でもあるってどういうことだい?」 「言葉どおりさ、注文したものは何でも出してやるよ」 この場で何の料理でも作るとでも言うのだろうか。 しかしそんな設備も材料もあるように見えない。 よくよく見てみると、食器以外の設備が何もないことに気がついた。 もしかして、注文したものをその辺から買ってきているのだろうか。 「ほんとに何でもなのかい?じゃあステーキも注文できるって言うのかい?」 彼は(皮肉を込めて)冗談っぽく言ってみた。 「あいよ」 一言そういうと、まさに今焼けたばかりの、熱々のステーキが目の前に出される。 彼は面食らってしまった。一体いつ作ったと言うのだろう。 「これ、いったいどうしたんだい!?」 思わず叫んでみる。店主は質問には答えず、こう言った。 「食わないのかい?」 「あ、ああ」半分パニックになりながら、とりあえずそれに手をつけてみる。 やわらかい肉は口の中で溶けていくようだ。そして肉汁が口の中に広がる。 まるで一流のレストランで出されるようなステーキである。 ありえない、考えられない。一体どういうことなのだろうか。 「不思議そうな顔をしているな」 店主はにやりと唇の端を挙げた。 愛想のない店主に、初めて感情が見えた気がする。激しくうなずく彼。 「いったいどうやったんです?」 さっきと同じ質問をしてみる。 「アラジンと魔法のランプって知っているかい?ランプを三回こすると 魔人が出てきて、何でも願いを叶えてくれるってあれさ。 私は長年の研究と探検で、ついにそれを手に入れることができたのだ」 再びにやりとしながら店主はそう言った。
by unnyo8739
| 2004-09-22 11:18
| 僕俺私小話
|
Comments(1)
|
ファン申請 |
||