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中学生位の頃所謂同和問題で作文を書かされた際、 「被差別地区などの存在を認める事・知る事は逆に確執を招く事となるのは明らかであり、 被差別地区の存在を消し去る事で差別を無くす事が最善ではないか」 と書いたら、何故か怒られた私が来ましたよ。 どうやら知るべきではない、知らせるべきではないとの件がダメだったようだ。 この一件は所謂臭い物には蓋という行為か。 そんなことより、臭い物に蓋をするような行為をしても、 それほど意味があるように思えないのだが。 臭いってほっといても流れてくるようなモノじゃないのか? マンションの一室から異臭が流れてくるからどうこうって言う話をよく聞くし。 でも納豆とかも蓋すると、以外と臭いが流れてこなくなる。 臭いもまた空気のそれであり、流れるものである。 蓋をする事でその流れをせき止め、臭いを封じ込める。 臭い物には蓋というのは、あながち間違いではないかもしれない。 しかしこの言葉の真の意味は、「根本的解決が成されていない」という事だ。 然るに、臭い物は蓋をした後捨てさるべきである。 夏休みの宿題について。 あの宿題をいかにこなすか関して、3通りの方法が用意されていると考える。 1つめは休みの初日などに、一度に終わらせてしまう事である。 これは極めて個人的な意見ではあるが、 前日まで学校に行っていた事もある事から緊張感を維持しやすいように思える。 初日に全てをこなさずとも、期限までには相当の余裕があり、 しかも終了させれば以後にそれらを考える事なく休みを満喫する事が出来る。 休みに入ったのに休んでいる気がしない、という考え方も出来るが、 以後の休みを充実させるための必要苦であると考えれば、 最も効率の良い手段であると思える。 2つは、長期に渡る休みを利用し、分散して望む事である。 つまり簡単に言うと、1日少しずつ、ゆっくり消化していくという方法である。 この方法の優れた点は、一度に受ける負担を分散する事によって、 必要な労力を抑えている事にあると思われる。 1日1ページ、30日やれば30ページがこなされると言う事になる。 これは一見効率が良い方法であるように思える。 しかし、人間の本質は怠惰である。 1日僅か1ページであっても、それをこなすと言うだけでも面倒だ。 しかもそれを毎日続けなければならないという事が果たして可能だろうか。 3つめは休みの最終日に一気に終わらせるという手段である。 これは望んでそのような手段を選んだわけではなく、 結果的にそうなったという流れの方が一般的ではないか。 最終日であるが故にゆとり部分は既に無く、問答無用にて全てを終わらせねばならない。 これは恐ろしく過酷な作業となる。作業は深夜にまで及ぶ場合もざらであり、 極めて非効率な行為であると言える。 情けない言い訳を吐いたりすれば、家人からの印象もすこぶる悪くなると言えるだろう。 つまりこれらの事から言える事はすなわち。 物事の根本的解決は、面倒だろうが何だろうが、 その問題が発生した瞬間に終わらせる事が最善であるといえる。 後に残していけば残していくほど後々の負担となり、 最悪の場合二次的な負担を迫られてしまう可能性がある。 物事は面倒だと思う瞬間がやり時、終わらせ時なのである。 でも面倒な仕事って後回しにしちゃうよNE☆ 人間だもの みつを とか言って、何もしないまま事が解決する事なんて皆無だ。 甘い事言ってんじゃねえぞ みつを 結局タイトルと中身がかみ合ってない件。 よし、そこはもう目を瞑る事にしよう。 臭い物には蓋だ!
by unnyo8739
| 2008-03-10 12:05
| 日誌叙情駄文
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