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そういえばここに駄文を書きなぐることを、日々の日課にしていたにもかかわらず、 ここ最近まるで放置を決め込んでいた。 これは良くない。小さな亀裂こそ巨大な決壊の始まりである。 このまま行けば、そのまま何も書きなぐる事無く放置されてしまうこと間違いなし。 それは私としても、まったくの不本意である。 可能な限り書き続けようと決意してみる。 が。 毎日毎日、それほど何かしらが起こるわけではない。 確かに一つとして同じ一日は存在しないであろう。 しかし、同じような一日はいくつもいくつも存在するのである。 その同じような日々の中から、何かしらを見出すのは難しいことだ。 どんな些細なことでも、自分にとってはどうでもいいようなことも、 世の賢人は言った。 他の人にとっては、とても印象に残ったり、重要なことであったりするとも言う。 確かにその通りかもしれないが、凡人から言わせれば、 その些細なことが、一体己の人生のどれに当たるかを気づくことが出来ないのである。 己の人生を己で測っても、己の診断以外下すことは出来ないのだ。 そんなことはどうでもいいとして。 そういえば毎回毎回この出だしで後半文章を書き綴っているわけだが。 これは毎回物事を深く考えないという私の人間性の表れなのかもしれないと気がつく。 一つの事柄に対して、深く深く切り込んでいっていないのではないか。 それはまったく知性の停滞であり、真相からの逃避ではないか。 そのような疑問符が頭に浮かんだ。 確かにその通りかもしれない。 私はいままで、物事をそれほど深く切り込んだ文章を書いた覚えがない。 とりあえず「どうでもいいから次の話」といった流れになることが多く感じる。 果たしてそうなのだろうか。 というわけで、実際に自分の過去の文章を振り返ってみた。 今まで書いてきたそれらを、改めて己の目に叩き込んでみると、 何ともどうしようもない文章ばかり書いていることに気がつく。 毎度毎度どうでもいいことばかり書いているようにおもう。 実際どうでもいいことばかり書いているわけで、そして現在もそれが続いているわけで。 果たしてこれが、後10年先も続いていたとしたら、私もたいしたものであるが、 改めて己を見てみる限り、後10年も同じようなことばかり書いていたら、 まったく知性のなさを世間に知らしめているようでしかなく、 正直先の自分に不安を感じた。 ため息が出そうだが、とりあえず先の問題の答えを示そう。 ある時期までは、物凄く物事に深く書きなぐろうとしていた時期があった。 しかし、それを改めてみてみると、だ。 「話に深く入ろうとすればするほど、だんだんと言っている事が意味不明になっていき、 同時にだんだんと話の流れが変わり、最初の話からまった続いておらず、 ぐだぐだそのものでしかないという事実」 が、導き出されていた。 ああ、私よ私。 どうせグダグダになるだろうからと、あえて深い話をしなくなっていたのだね。 何と言う成長率。潜水艦内部でも育つもやしの成長も真っ青だ。 どうせながグダグダにならないような文章を書けるように成長するべきだったね、私! 撃つ出し脳。
by unnyo8739
| 2007-06-08 17:10
| 日誌叙情駄文
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Comments(2)
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