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「さて、と」 アルフレッドは部屋にあったソファに腰掛けると、その前の椅子を僕に勧めた。 こいつと向かい合って座るのはとても嫌だったが、身体は疲れ果てている。不本意だがそれに従った。 それを見て満足そうに笑う。そして非常に不快なハスキーボイスで話し始めた。 「しかし、本当に歩いてきたのか? わざわざ歩かなくても手段はいくらでもあっただろう」 くだらない事ばかり言う。だからこいつは嫌いなんだ。 「僕は一般人なんだぞ、一般人は一般人らしくあるべきだろう」 向かい合ってはいるものの、あくまで視線は合わせない。 「いっぱんじん、ねえ……。まあいいけどな」 そう言って長い髪を掻き揚げる。その様は完全に女のそれだった。本当は狙ってやっているんじゃないだろうか。 「呼んだ理由は……、まあ大体分かるよなあ」 「この嵐の事だろ」 「ああ、そうだ」 「一応調べてみたよ、この嵐。いや、結界って言うべきか? 一般人だったら進入すら出来ないだろうし、進入できたとしてもまず抜けられないだろうね」 僕が一般人と言う言葉を使ったところで、アルフレッドの頬がぐぐっと動いた。気がつかないフリをして、そのまま話を続ける。 「でもこの程度ならお前でも何とかできるだろう。わざわざ僕を呼ぶ理由が分からない」 アルフレッドは顎を指で撫でながら言った。 「いや、ちょっとした事情があってさ」 「事情?」 「この街には知り合いがいてな。そいつに頼まれちまったもんだからさあ」 「頼まれた?」 「バグダドーって知ってるか?」 「……」 目を伏せる。嫌なものを聞いた気がする。出来れば続きを聞きたくない。 「海運王バグダドー、そいつんとこの長男と仲良くてさ。丁度そうだな、二十日ほど前だったかな。うちに尋ねてきてさ」 「法王庁に?」 「ああ」 「……竜を、竜を何とかしてくれって、か?」 「あれ、お前知ってるのか?」 ため息が出た。 「お前の言うとおりだよ。詳しくは知らないが、あの家には竜が守り神としてついてるんだとさ。んでそいつを何とかしてくれって言われたんだけど。ほら、相手が竜だとちょっとしんどそうだろ、だから手伝ってもらおうかと思ってなー」 頭が痛くなってきた。これはあれか、運命か。僕はそういう星の下にあったのか。っていうか本当に居たのか、バグダドーの海竜。 頭の中がぐらぐらする。嫌だ嫌だ。面倒くさい事はしたくないのに。 「まあ、そういうことだ。手伝うよな? 一緒に修行した仲だろ?」 そう言ってにこりと微笑む。 「お前なあ」 「何だ?」 僕は三つの書状のうちの一つを乱暴に鞄から引っ張り出すと、アルフレッドの前に突きつけた。 「こんなもん送りつけといて、そういう台詞を吐くのか! お前は!」 それにはこう記されてあった。 「……就任先にて与えられる全てに従う事 司教アルフレッド・オーナスティン」 司教アルフレッド。まごう事なき僕の目の前に居る男女(女男?)その人である。僕の肩書きは一修道士。ああ、何て腹立たしい。 世界最大の宗教「キボンヌ教」のこの若き司教。同じ師の元にて学んだ同期であり、身元引受人でもあり、某国の大貴族の一人息子様でもあらせられる。 生まれついてのブルジョワ様なのである。 あの最悪の師からやっと逃げられたとき、僕には行く当てがなかった。 その時に手を差し伸べてくれたのがこいつだった。 あの頃僕は若かった。不覚にもこいつを親友だと思ってしまった。 あの時あの手を払っておけばこんな事にはなかったのに。それが何をどう間違えたのか。ああ。いかんせん僕はとるべき友人を間違えた。史上最低の腐れ縁。 「まあいいじゃあないかおとうとよ。お前があそこまで阿呆をやらかしても、未だにちゃんとした生活をしていけるのは……」 「おとうととか言うなぁっ!」 「このおにいさまのおかげなんだから」 僕の叫びを無視して、輝くような微笑みを浮かべた。あれ。こんな微笑を別のところでも見たような……。 ああ、あの双子だ。 ますます気分が落ち込んでいく。 ああ、くそ! ブルジョワなんて皆大嫌いだ!
by unnyo8739
| 2006-11-30 17:10
| 僕俺私小話
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