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遠くを見つめる執事を横目にして、僕はだんだんなんとも言えない気持ちになってきた。 (竜……? 竜だって?) それで一体僕にどうしろというのだろう。退治してほしいとでも言うのだろうか。 あ、守り神だから退治はしちゃ駄目か。ならば一体どうしろと。 そんな事を考えているうちに、遥か東国にて、屏風に描かれた虎を退治してくれと頼んだ王族と、僧侶の話を思い出した。 どうやらそれは顔に浮かんで出ていたらしい。僕の顔を見て執事が大声を上げる。 「貴方の気持ちは手に取る様に分かります。竜なんているはずもない。私だってそう思います。しかし私は見たのです!」 更にだん、と机を叩いた。凍り付いている僕を見て、はっとした表情をすると、「失礼致しました」と呟き、ため息を一つ吐いた。そしてまた話を続けだした。 「ご一家は――毎年恒例の事なのですが――夏のある時期に、灯台のある岬にあります別荘にてお過ごしになられるのです。皆お忙しい方ばかりですから、ほとんどご家族全員が揃う事はないのですが、その日だけは必ず皆様お集まりになられておりました。家族水入らずを楽しむとの事で、私達の中でも一部の人間のみにしかこの事実は知らされておりません」 色々と物騒ですからね、と執事は付け加えた。 彼の話によると、バグダドーの家には彼女達双子の他に、三人の兄と一人の姉がいるらしい。よくは知らないが、皆かなりの名士であるそうだ。しかし唯一、三男だけは僕も知っていた。彼は世界的な芸術家であり、僕でさえその作品を見たことがある程だ。どうでもいいことだが、岬の別荘も彼のデザインであるのだという。 それにしても。そんな名士達が供の人間もつけずにそんなところに集まっていたなんて。確かにそこかしこに話して回れる話ではない。彼ら一族をよく思わない人間など、捨てるほどいることだろうから。 だから三男が屋敷をデザインしたのですよ、と執事は言った。なるほど。親族のみが知る抜け道があったりするのだろう。 「しかし、あるとき、セイラお嬢様がお気に入りの眼鏡を忘れていかれていたのを見つけたのです。私はそれを届けて差し上げようと思いました。その時辺りはもう日も暮れかかっていましたが、何分目の不自由な人間にとって眼鏡は身体の一部です。すぐにでも届けて差し上げようと思い、私は別荘へと向かいました」 幸いにもその日は満月であった。馬車を使おうかと思ったが主人一家は隠密にて集っておられる。自分以外が、いや自分ですらも近づけさせるのは避けるべきだろう。彼は一人馬小屋へと向かい、足速の一頭に鞍をかけた。 静かな夜だった。夏の夜風が心地いい。急ぎの荷物がなければ、歩いてこれを楽しみたいものだ。そうだ、帰りの道はそうしよう。だが今は兎角急がなければ。 子供のいない彼にとって、一家の息子娘達に触れる事は喜びだった。彼達が生まれたときから側に仕え、成長を見守っていく様は、まるで己の息子や娘に向けるそれと同じであるとも言えた。中でもあの双子の姉妹は可愛くてならない。立派に育った長男や次男が息子であるとするならば、さながら彼女達は孫のようなものであったのだ。 そんな彼女達が悲しむ様を見ることはとても胸に堪える事だ。その気持ちが彼を別荘へと急がせた。
by unnyo8739
| 2006-11-15 16:57
| 僕俺私小話
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