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前の話 それから数分後。少女が目覚めた。どうやら記憶は無事戻ってるようだ。しきりに何があったかを執事に問うていたが、身体的なダメージが抜け切っていないらしく、再び眠りについた。 思わず息が漏れる。やれやれ、何とかなったか。 正直なところ効果があるか自信はなかった。怪我や病気程度なら何度も治療した事があるが、記憶喪失の治療なんて試した事がなかったからだ。けれどこうして無事治ってくれたのも、僕の日頃の行いがいいおかげだろう。 「それにしても……」 執事が僕を睨んだ。緩んだ筋肉が再び緊張する。またくどくどと嫌味を言われるのだろうか。辟易する。 しかし執事は想定外の言葉を吐いた。 「貴方は一体何者なんです?」 「え、ええ、あの、どういう意味でしょうか?」 ギロリと睨みつけられた。言葉を飲み込まされる。 「隠しても無駄です。今の魔術は治癒の魔術の中でも最高位の魔術。そんな魔術をいとも簡単に行使してのけるなんて」 う、何でこいつこんな事知ってるんだ。 確かに僕が使った魔術は、最高位の司祭レベルの魔法である。ああ、もう。こんな事になったら嫌だから、席を外せって言ったのに。 どうしようか。今度は記憶を失わせる魔術でも使うべきか。はあ、頭が痛くなってきた。一体何をやってるんだ僕は。ため息が出る。 「……ま、良いでしょう」 「え?」 「お嬢様の記憶も元に戻った事であるし、貴方は他言無用と申された。何故貴方がそんな高等な魔術を行使できるかは存じませんし、それを隠す必要があるのかもわかりません。けれど約束は果たされたのです。私も今起こった事を忘れる事としましょう」 「し、執事さん……!」 執事はにやりと笑った。あんたいい人だ! 思わず呪いそうになってごめんよ! 瞬間。 「でも私は約束してないから、秘密にする必要はないよね」 ベッドから声がした。顔から一気に血の気が引いた。 「シリアお嬢様!?」 「うふふ、『記憶喪失のフリ』して仕返ししてやろうとしたら、どんどん話が面白い事になっていくし」 「ふ、フリぃ……!?」 そういえばなんだかおかしいと思ったんだ。魔術をかけてから気がつくまで妙に早かったし、魔術の効果が身体的ダメージを回復していないはずもなかったのだ。 何てこった。何てこった。どうするんだ僕! どうするんだ僕! 激しく衝撃を受け唖然呆然している僕をよそに、少女はベッドから飛び起きると、 「彼をうちに連れて帰るね。準備よろしく」 眩しいほどの笑顔で執事へ微笑んだ。 「ちょ、何勝手な事言ってるんだよ!」 当然抗議の声をあげる。 すると少女は背景に花が咲くのではないかと思うほどにっこりと微笑んで、 「人の口に戸板は立てられないって言葉、知ってる?」 邪気のない声で言った。 背筋に巨大なつららを突っ込まれた気分だった。 執事へ視線を向け、助けを求める。 彼ははっとした顔をして、少し戸惑った顔をすると、ゆっくりと首を左右に振ってみせた。 再び少女へ向き直る。 やはり記憶を失わせる術を使うべきだった。畜生、何てこった。 「こ、こうなったら……」 早速術の詠唱に入る。いや、入ろうとした瞬間。 「申し訳ありません」 執事の低い声が背中から聞こえた。 瞬間鈍い痛みが後頭部に走り、そのまま目の前が真っ暗になった。
by unnyo8739
| 2006-11-02 15:14
| 僕俺私小話
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