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45%の真実:賞金首。より。 この手は既に血まみれだ。この身はきっと地獄行き。 最早恐怖は乗り越えた。覚悟はとっくに出来ている。 だったはずなのに。 アレは何だ。アレは何なのだ。 あの死の嵐は。あの黒い鬼は。 ……あの恐怖は! 女は何も言わなかった。 僕も何も問わなかった。 二人して黙り込んでいた。 宿を出る際、女将が変な目で見ていたが、それはどうでもいいことだ。 女は、これまでと同じように僕の背で歩く。 太陽が高い時間だった。街は活気に賑わっている。 その喧騒はいつも通りにやかましく、空へ響いていた。 しかしそれすら耳に入らない。ただ街の外へと進む。 人ごみ激しいその中でも、女はやはり僕の背にいた。 街を出てしばらく。 辺りに人影はない。 僕は足を止めた。 女も足を止める。 ひゅうと風が過ぎた。 「――どうして。ついてくるんだ」 女は少し間を空けて、答えた 「どうしてって?」 「何の目的もなく僕について回るのか?」 苛立ちが抑えられない。 「契約があるわ」 ――この野郎。 奥歯がぎりと鳴る。腕の震えが止まらない。感情を抑える事が出来ない。 「いい加減とぼけるのはよせ! あんたの目的はわかってる!」 女の表情は変わる事無く、ただその視線は僕を捕らえたままにしている。 その眼がますます僕の神経を逆撫でする。表情のない瞳。まるで人形のよう。 大地を蹴る。苛立ちは最高潮だ。 「それは僕の命だ! 前にも一度殺されかけたしな!」 くしゃくしゃに丸められた手配書を投げつけた。 いや、投げつけたのは手配書だけではない。 胸にある不愉快、苛立ち、感情。全てを吐きだして投げつけた。 女は黙って、雑言を身に受ける。冷たい表情のまま。只黙って。 風が冷たい。暑い季節も終わろうとしている。 「依頼が、あったわ」 女が口を開く。表情を変える事無く、淡々とした口調で。 「私はそれを引き受けた。それだけよ」 「手配書か」 女はうつむいたまま、首を横に振った。「違うわ」 「……じゃあ、依頼ってなんだよ」 「とんでもない依頼だったわ」 ため息まじりに呟いた。 さかのぼる事二週間前。 酒場で一人、昼飯をつついていた。 この店の食事は美味いと評判であり、真昼であってもなお人のかげる気配はない。 だが彼女のつついているのは、店でも一番安いメニューだ。懐が寂しいのである。 「あそこでエースがくればなあ……」 カウンターの隅にて、独り言をもらす。それは店の喧騒にかき消されてしまうはずだった。 しかし。 「あんたは賭けに向いてないよ、熱くなり過ぎだ」 いつの間にか、一人の大男が隣に座っていた。ジョッキを片手ににこにこと笑っている。 「……あんた、誰」 「いやいや、失礼。でもあんたの賭けっぷりがあんまりにも見事だったんで、ついなあ」 そう言って男は笑った。しかし彼女の問の、本当の意味はまるで違っている。 彼女もまた実力者の一人である。これほどの大男の接近に気がつかないはずはない。 「紬のヴェルガに仕事を頼みたい」 彼女の動きが止まる。その手は懐の得物へと伸びていた。 「こいつだ」 男が取り出したのは、一枚の手配書だった。 「賞金首?」 「ああ」 「生死問わず」 「ああ」 「こんな手配書、見たことない」 「公のモノじゃねえからな」 そう言って男はジョッキのビールを飲み干した。 「だけど、こいつを殺されちゃ困るんだ」 男は笑う。 「それが仕事?」 「ああ」 ヴェルガはもう一度手配書に目をやる。 天文学的な数字が書かれていた。 「やれるならやっちまってもいい」 見透かしたように男がいう。 「その方が手間が省けるっちゃ、省ける」 「やれるなら、な」 その呟きは喧騒にかき消され、ヴェルガの耳には届かなかった。 男が立ち上がる。 「期限は一ヶ月。それか俺があんたの前にもう一度姿を見せた時までだ」 「もし、始末しちゃってたら?」 「賞金を受け取ればいい。そこにある前金も返却する必要はない。 俺もあんたの前に姿を見せる事はないだろう」 そして男は背を向けた。ジョッキの横にはどっしりと金貨の詰まった袋が置かれていた。 「わかった。引き受けるわ」 「そうこなくっちゃ」 声が笑う。 男は背を向けたまま、左の手を振ると酒場を出て行った。
by unnyo8739
| 2006-08-17 16:20
| 僕俺私小話
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Comments(3)
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unnyo8739 at 2006-08-17 16:26
織姫をもじっただけという超絶安直な名前ですみません。
少年は、まるで思いつけなくてすみません。
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plasebo55 at 2006-08-17 21:36
もしやそれは彦星をもじってつけとけという……わけじゃないですよね(汗) 「僕」がなじみすぎました。
名前が決まると何となく、人物像がぴたりと一本に絞られてくるイメージがわきます。これからは、ヴェルガさんぽくいきますよ。
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unnyo8739 at 2006-08-21 00:53
彦星だとアルタイルでしょうか。
……タイル君?
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