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何処までも投げ捨てられる小説。 「何だよ、この飯砂が入っちまってるじゃねえか!」 食べるのを止めたのは、その言葉の内容からではない。 自分以外にも人がいるという事実に気がついたからだ。 それどころではない空腹が先行して、まるで気がつかなかったけれど、 どうやら僕以外にも人が来ていたようだ。 「あら、すみません、今取り替えますから」 先の女将が声の主のテーブルへ向かう。それを僕は目で追った。 テーブルには厳つい男が二人、いかにも自分は悪者です。 って自己主張しているかのような顔をしている。 その主張通り、彼らの起こした行動は、いかにも悪者そのものだった。 テーブルの上の料理をそのごつい腕で勢いよく払い落とす。 皿の割れる音が食堂に響いた。しかしそれ以上に彼らのだみ声が響き渡った。 「取り替えてすむ問題じゃねえだろうがよお!」 食堂にいた別の数名が席を立ちあがり、そそくさとその場を去ってった。 「ではどうすればいいんですかね」 女将はふん、と息を吐いて言った。男達はにやりと笑い、太い指で輪を作ると、 「金だよ、金」そう言って、下品に笑った。 ああ、やれやれだ。何処に行ってもこんな輩はいるのだな。 こんな不条理が許されるわけないだろう。彼らはその許されざる事実を、 暴力によって捻じ曲げているだけに過ぎないのだ。 女将が大きくため息をついた。同時に僕は席を立ち、彼らへ向けて歩を進めた。 そのときだ。 「ちょっとやめなさいよ、あんたたち!」 僕の席の、僅か手前の席から声が響いた。 それはとても勇敢であるには違いないのだけれど、 それに伴う力の感じられない声だった。 それもそのはず、声の主はまだ年端もいかない少女であったのだから。 どっしりと地に立つ彼女は、まるで戦女神にも見えたことだろう。 少女の隣では、身なりのいい老紳士がオドオドとしている。 少女自身の身なりもいいことから、何処かのお嬢様なのだろう。 しかし確認できたのはここまでだ。 彼女はとても勇敢だった。勇敢だったが、何と言うか。 彼女はとても運が悪かったんだ。 実は席を立ち上がり、男達のほうへ身体を向けたとき、 僕はテーブルの上の皿を彼らへ向かって投げつけていた。 それは勢いよく、彼らに向かって真っ直ぐに進んでいった。 そして。 勇敢な彼女の後頭部を直撃した。 運悪く、彼女は丁度射線上に立っていたのだった。 座っていれば当たらなかっただろうに。 何と言うか。 彼女は勇敢だったが、とても運が悪かったんだ。
by unnyo8739
| 2006-05-25 17:26
| 僕俺私小話
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Comments(2)
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