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次に語りだしたのは、太っちょだった。 「僕の話はたいした話じゃないんだ」 こういう前置きをする奴の話は、常に極端だ。 本当に怖くないか、恐ろしく怖いか。 それは言葉を吐くときの、表情から推測できる事柄であるのだけれど、 太っちょは、ただニヤニヤとするばかりで、その腹を探る事は出来ない。 彼に限れば、探ったところで余計な肉を掴まされそうなだけな気がする。 「僕は噂話が好きなんだ、噂話ってのは誰が発端かわからないうえに、 何処からともなくやってきて、気がついたら既に過ぎ去ってしまってる。 不思議とは思わないか? 考えても見ろよ。噂なんてのの出はローカルな話題だぜ。 それが気がついてみると、日本国内全てに及んでいる事すらある。 例えば口裂け女だとか、人面犬なんてのがそれにあたるな。 そもそもあいつらの発端って何処で、誰が言った事なんだろう。 今ならばネットを使って噂を広めていくのは簡単さ。 だけど、僕たちの親が子供の頃にだって、そういう噂はあったんだ。 あの時代の伝達手段は一体何なんだろうな。君、考えた事あるかい?」 僕は首を横に振った。 だけどそれは、彼の質問に答えたからじゃない。 太っちょは語りだした。 疑問なんて持つものじゃない。 それはそういうものであると認識したほうが、遥かに楽な事が多い。 疑わなければ受け入れる事が出来るから。 僕は小学生の頃、変な噂を耳にして、それに関して調べて回っていたんだ。 噂の内容は、「深夜二時に、校門前バス乗り場に、 幽霊バスが出て、それに乗ると死んでしまう」なんていう、所謂学校の七不思議って奴さ。 どこにでもある、どうしようもないくらいつまらない噂だった。 だけども、当時の僕ときたら、何がそこまで気になったのか、 ずっとそれに関して調べててね。 といっても、子供の調べられる事なんて、たいした事じゃない。 せいぜい上級生なんかに、その噂を明確に教えてもらいにいく程度さ。 でも、七不思議なんて、当てにならないよな。 それぞれ聞きに行くたびに、内容が変わってしまって、 聞けば聞くほど、幽霊バスはおぼろげな内容になって言った。 ――まさに幽霊バスだな。 ほら、笑うところだよ。 つまらない奴だな、君は。まあいい。 いつしか、僕はその真相を確かめようと思うようになっていた。 気になって気になって……、いやはや、 本当に我ながらどうでもいいモノが気になっていたものだな。 ついには、深夜に家を抜け出して、そこへ確かめに行こうと計画したんだ。 小学生だった僕にとって、夜中の二時なんて、未知の時間帯さ。 そんな時間まで起きている事もなかったから、そんな時間が在るとも思わなかった。 いつもなら、眠気にやられて布団の中で完全に眠っている頃だろうけど、 その日は興奮して眠れなかったよ。遠足の前日と同じさ。 その日は確か秋口だったかな、刺す様に風が冷たかったのを覚えてる。 馬鹿正直に、たった小学生一人で、深夜のバス停まで歩いていったんだ。 そこは住宅街だったって言うのに、何処の家も明かりが灯ってないんだよね。 確かに二時は深夜であるけど、勉強中の学生がいてもおかしくない時間だ。 けれども、本当に真っ暗だった。完全な闇。 唯一の灯りは、僕の持ってる懐中電灯だけ。 静かだ、とても静かだったんだ。キーンって頭に静けさが響くくらい。 緊張してたのかもね。そして、いよいよ、問題のバス停にやってきた。 時間を見てみる、後数分で二時きっかり。 僕は身を隠して待った。 結局何も来なかったよ。 バスどころか車の一台も通らなかった。 馬鹿馬鹿しくなってきてね。噂は結局噂かって。 ふうってため息をついて、ふと横を見てみたら、 僕と同じくらいの男の子が、ニヤニヤしながら僕を見てた。 ただ、 その男の子の、 目は真っ黒な穴で、 そして、 僕は。 後のことは覚えていない。 ただ、学校に行ってから、必死で七不思議が間違ってるって訴えたよ。 子供らしい馬鹿馬鹿しい話だけどね。 やっぱりあまり怖くなかったね。 太っちょの男は、ニヤニヤしながらそう言った。 ……違う。違うよ。僕の代わりに、そいつが。 何処からか声が聞こえたような気がした。 きっと気のせいだろう。
by unnyo8739
| 2005-11-08 18:17
| 僕俺私小話
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