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その日は久しぶりの休日だった。 ここしばらく昼夜全く関係なく仕事に没頭しなければならないほど、忙しかったせいか、休日であっても、習慣どおりの時間に目が覚めてしまった。むくりと上半身を起き上がらせる。そして大きく一回あくびをした。そして大きく伸びをしたのだが、その際に何かの山に触れたらしく、彼の背中で激しく何かが倒れるような大きな音がした。相当の音だったのだが、彼にとってはいつもの事であるらしく、まったく気にも留めずまどろみを楽しんでいる。 午前6時、予定のない休日としてはあまりに早い目覚めである。 昨夜ベッドに入ったのが、(果たしてベッドと呼称していいものかわからないような、ぼろぼろの布の塊だった)確か午前二時であったから、四時間ほどしか眠っていない計算になる。翌日が休日であるのなら、もう少しばかり眠っていても問題はないだろうに。 二度寝してしまおうかと思ったが、目覚めの時間は染み付いてしまったようだ。 規則正しい生活習慣というのも、こういうときに限っては少し疎ましい。しばらくゴロゴロとベッドもどきの布切れの中に潜ってもぞもぞとしていた。その都度周りに積み上げている何かしらにぶつかり、それが物凄い音をたて崩れ落ちていく。しかしその騒音は彼の眠りの妨害にはならないようだ。 結局、用を足す為にベッドらしい物体を出て行ったのである。 彼の名前は出井。 日々人々の幸福と繁栄を願って研究を重ねている、ロボット科学者である。 「はあぁぁ、習慣ちゅうのもなかなか悲しいもんやな、やれやれ」 トイレから出た彼は、その辺にあった布切れで手を拭きながら一人ぼやいた。手を拭いた布切れをドアの横の、まるで門松のように積み上げられたガラクタの山へ放り投げる。 その何でもそこ等じゅうに放り投げる事も、また彼の習慣なのだろうか。 また遠くで何かが崩れる音がした。口元には自嘲気味な笑みが浮かんでいた。 空腹の為なのか、それとも日々の習慣なのか。その足は自然とキッチンへ向かう。 この混沌溢れる空間の中では、そこをキッチンと定義することすら難しい。何処を見渡してみても、積み上げられたガラクタの山が広がっていき、塔の如く、あるいは柱の如く、高く高く聳え立っているのである。その中を、まるで水中を泳ぐ魚の如くすいすいと掻き分けていき、彼は冷蔵庫を開けた。冷気が足元に流れる。 一応冷蔵庫の前には物を置かないくらいの常識はあるようだ。 「うわ」 一言うめく。冷蔵庫の中はわずかの調味料類を残して、文字通り空っぽの状態になっていた。周囲のガラクタの積み上げられた空間よりはマシであるのかもしれない。むしろその状況であれば、この冷蔵庫の中も、一つの混沌となっていても、なんらおかしくないのである。しかし開かれたその空間は空っぽだ。ただでさえ非常識的に物の積み上げられている彼の住居の中においては、空っぽという方がまだ常識の範疇なのかもしれない。 「知らん間に中身を使てもてたんかい。こりゃ買い物に行かなあかんなあ、まあ休みやし、丁度ええかもしれんわ」 そう呟いてキッチンを出る。着替えをするためだ。 先日の研究を反芻しながらクローゼットへと進み、これを空けた彼は、またさらに驚きの声をあげた。 「うほ、あぁりぃえぇねぇー。着れる服あらへんやんけ、うほ、家出れへん」 どうやら昨日帰ってきた時に、洗濯機に放り込んだ服が最後の服であったらしい。わしゃわしゃと頭を掻き毟る。フケが辺りに舞い散る。 見渡してみれば、実にその部屋の汚いこと。その事実は更に彼を憂鬱にさせた。誰が聞いているわけでもなく、文句を吐きながら洗濯機のある部屋へと向かう。 流石にこのままでは街に出ることは出来ない。限りなく不本意ではあるが、背に腹は変えられない。昨日来た服をもう一度着ようと思いついたのだ。 普段の生活を振り返ってみれば、何日も同じ服を着ることなど、いつものことでありながら、今日はそんなことを全く考えていない。少し考えれば、これは自己責任の一環であるだろうに。 さておき、洗濯機を開けた彼は、思わず後ずさり、反射的に鼻をつまむ。 「うほぉぉ、くっさー! なんやこれ洗濯せんかったら着られたもんやないやんけ!」 一体どういうことなんだ!一人感情を荒げる。これも自分の生活が成したことなのだが。 彼はその場を後にし、ソファと思しき散らかった空間に座り込み考える。 洗濯をせねば外へは出られず、外へ出なければ食べるものがない。いっそこのままの格好で外に出てしまおうか。 「あかん、それだけはあかん」 そうとも考えたが、流石に彼にもプライドがあるらしく、頭を振ってその考えを捨て去る。さらにソファに深く沈みこみ、頭を抱える。 しばしの沈黙が過ぎた。 考えに考えた末に、結局店屋物を取ることにした。考えに考えた末の結論としては、あまりに安直過ぎるようにも感じるが、現状で思いつく中ではおそらく最良の行動であろう。 彼は懐を探る。財布を捜しているのだ。何はなくとも金は要る。地獄の沙汰も金次第。 しかしそれは、その救いの糸となるだろう財布は、彼の懐の何処を探しても見当たらなかった。 「マジか!? もしかして、部屋のどっかに置きっ放しにしてしもたんか!?」 彼は横目に部屋を覗きみた。ある部屋の中は、天井高くまで本が積み重なっており、かつ足の踏み場もない。そしてある部屋は、先ほど服を探したときのまま散らかり放題に散らかっている。さらにある部屋は、何だか身の危険を感じるような、恐ろしい轟音をドア一枚先より放っており、何ともその中を覗きたくない。 彼はため息をついた。 「やれやれ、この糞汚い部屋から財布を探し出せっちゅーんかいな」 その休日はこのような憂鬱の中で始まった。
by unnyo8739
| 2005-10-14 15:10
| 僕俺私小話
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