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欧米にはなぜ、寝たきり老人がいないのか こんな記事があった。 何かにつけて欧米では~という人は、これに関してもコメントをするべきだと思うがどうか。 誰だって死にたくはない、長生きしたいとは思うだろう。 残された人間の哀しみも分かる。 突発的に起こってしまった死を受け入れることは難しいし、もしもそれが奪われてしまったものであったとすればなおのことだろう。 しかしこれはそう言った類ではなく、何と表現していいかわからないけれども、「これから死んでいく人」とでもすべきか。 そう言った人らに対するモノの考え方である。 私はどう思うか、どう考えるかといえば、欧米のそのあり方に賛同する。 そりゃ自分の肉親が同じ立場であれば、果たして冷静で居られるかどうかはわからない。 けれど、私は某漫談家のある一言こそ真理であると思う。 「人間の致死率は100%でございます」 そう、死なない人間は居ないのだ。 生きている限り死ぬのだ。 それは極々自然な成り行きであり、それこそがあるべき姿なのだ。 失われるからこそ伝えることが、遺すことが重要となり、その様に生きることにこそ意味がある。 私はそのように考える。 ただ生きているだけならば、それは死んでいるのと変わらない。 それは寝たきり老人だとかなんだとか、それらだけに留まらず、全てにおいて言えることであると思う。 何よりもうこの話には、大昔から既に結論が出ていることではないか。 「死を受け入れろ」 どこぞの漫画でも「死ぬべき時に死ねぬことは辛いこと」って言う言葉があった。 断っておくと、それは決して「自殺しろ」って言う意味ではない。 人間にはそれぞれ用意された「死に時」というのがあるんだそうだ。 それを迎えられないっていうことは、やはり突発的やらが起こったってことかしらん。 最初に言ったとおり、そりゃ辛いわ。 そりゃあね。 生きられるなら生きて欲しいと思う。 「死んで欲しい」なんて思うことは、そりゃあとんでもないことであろう。 世の誰だって死にたくないし、余程のことがなければ死んで欲しいなんて思われない。 だからこういった考え方に反対する気持ちも、とてもよくわかる。 でも人間死ぬんだよ。 どうやっても死んでしまうんだよ。 死なない人間は、人間にとっての化け物でしかない。 いや、命にとっての化け物か。 そんなのが出てくるのはせいぜい漫画の世界だけだ。 どんなものでも命である限り死ぬ。 受け入れて、出来る限り満足して逝く事こそ、現代に求められる最大の幸福なのかもしれない。 100%悔いは残るから、絶対に無念だから。 だから出来る限りを、生きているうちに。
by unnyo8739
| 2012-06-22 13:52
| 日誌叙情駄文
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